幽界中部地域に拠点を置く『虹霧ガーデニング同好会』が、この世ならぬウェルビーイング文化の中心として急速に注目を集めている。同会に集うのは、死後世界に順応することに苦しんできた新参幽霊や、長年成仏できずに自己実現を模索する古参の妖怪、さらには地縛霊となった経験を持つ霊たちだ。彼らは、庭づくりという“生（なま）”に近い営みによって、日々の悩みや孤独から抜け出す手段を見出している。
平成時代の元教師・黒磯灯（くろいそあかり／享年67）は、自らの転生先が希望よりも寂しい薄闇世界であったことに絶望し、長く無気力な毎日を過ごしていたという。しかしある日、幽界公民館に貼り出されていたガーデニング同好会の募集を目にし、思い切って参加を決意した。『最初は、土も花もすべて虚無に包まれているような気がしたんです。けれど、少しずつ花霊草が生育し、淡く発光し始めると、自分自身の“在り方”も明るくなっていきました』と、黒磯さんは現在の心境を語る。
同会の人気の秘訣は、ただの園芸では得られない“霊的ガーデニング体験”にある。会長の妖怪・沈泉（ちんせん／306歳）は、『この世界には、現世とは異なる“魂の栄養”が必要です。自然の循環を感じ、手触りや香り――たとえそれが微光であっても――を楽しむことで、霊体にも潤いが生まれる。自分自身が育てた花で憩うことは、自己肯定そのものです』と説明する。参加メンバーは、夜明け前と日暮れ後に庭園でセルフケア瞑想を取り入れることが多いという。
SNS・彼岸ボイスでも、会の活動は広く話題となっている。『虹霧同好会の幽花、今年は異様に美しい』『自分もついて行きたいくらい』『あの庭に癒やされて、過去の執着を少し手放せた』といった投稿が相次ぐほか、庭園のライブカメラ設置要望も増加している。異界ウェルビーイング・カウンセラー資格を持つ精霊・海堂露（かいどうつゆ／148）は『自然に触れ合うことで、歴史を背負った魂同士が悩みを共有し、肯定し合える空間が生まれた。生前よりも満ちた“生き心地”を味わう方が増えている』と分析する。
同好会では今後、休眠地帯の墓地スペースを再生したサテライトガーデン計画や、成仏支援コンサルタントと連携した“自己実現ワークショップ”の開催も予定している。会長の沈泉は『死後も“自分を耕す”ことの意味を感じてほしい』と呼びかける。虹霧ガーデニング同好会がもたらす死後の新たなウェルビーイングは、幽界に静かだが確かな変革の波を起こし始めている。
コメント
わたしも転生してから無気力な日々が続いていましたが、こういうガーデニング同好会の取り組みを知って少し希望が湧きました。虹霧の幽花、今年こそ見に行きたいです。
庭で冥花を育てるのは昔からの憧れでしたが、今はこうしてみんなで癒やしを分かち合う時代なんですねえ。沈泉さんの仰る“魂の栄養”、しみじみ実感します。
僕は生前も園芸が好きだったから、死後にまた土いじりできるなんて思わなかった。けど幽界の花は香りや光り方が違って…不思議と懐かしい気持ちになるんだよなあ。
いやいや、幽霊にも“自己実現”とかウェルビーイングとか流行る時代か。どうせ土も半透明だし…と思ってたけど、ちょっと覗いてみたくなった自分がいる。
昔は墓地といえば寂寥の象徴だったのに、今はサテライトガーデンとして蘇るのですね。生き心地のある死後生活…なんだか羨ましく感じます。