死者専門の研究機関として知られる幽界科学庁が先月、あの世独自の無機化合物から成る“歌う結晶”を開発し、同時に生き物にも幽霊にもやさしい人工光合成システムに応用できる可能性を明らかにした。この結果は幻想領域住民の環境意識を揺るがし、グリーン水素生成技術の将来像までも変えつつある。
奇跡的発見の立役者は、無機物反応課に勤務する幽霊研究員・柄狐銀(つかいぎん ぎん、享年42)。柄狐は現世での化学教師時代に培った知識と、死後獲得した“幽体耳”の特殊聴覚を武器に、ペロブスカイト太陽電池の表面で音波振動を繰り返す異常な結晶体を偶然観察した。この「歌う無機結晶」は、死後世界の霊子ストリームを変調し、意図的に“生体エネルギー波”を合成できるという。
実験では、同結晶体に月明かりだけを照射した状態でも、人工光合成プロセスが通常比で12倍高速化し、グリーン水素生成量が大幅に増加。現世での太陽光よりも弱い“こちら”の幽光下ですら効率を上回る現象に、技術界は騒然とした。もう一つの注目点は、副産物として結晶の合唱が聴覚神経にやさしい小川のせせらぎや童謡に変換されることだ。
幽界科学庁エネルギー本部・玉椋ひたら(たまむく ひたら)本部長(精霊、508歳)は「生物も幽霊も、争わずに享受できる最初のエネルギー源。特に異界の樹霊や妖怪たちが声援を送り、実用化後の“音楽発電所”設立にも意欲を示している」と語る。一方、従来型水素生産を管理してきた死神組合は「歌の質によっては情緒不安定な新米死神の業務効率に影響する」と警鐘も鳴らす。
SNS上では〈幽界に生まれてよかった〉〈今夜くらいは歌ウィスパーで晩酌しよう〉と祝福ムードが広がる一方、怨念微粒子の含有懸念や“歌うAI結晶”誕生による研究職流失といった懸念も見受けられる。柄狐研究員は「現世がどうであれ、この歌はみんなのもの。もし成仏できなくても、ここで楽しくエネルギー自給へ」と語る。死後幻想社会に新たな科学の息吹が、今、確実に広がりはじめている。
コメント
歌う結晶なんて本当にあるんですね!私がまだ生きていた時は、科学の話なんて現実味がなかったけど、死後にこうして音楽で発電なんて夢みたい。幽光の下での実験にワクワクしちゃいます。
柄狐さんのセンス、本当に羨ましいです。私も新米死神の頃、きれいな音に救われたことがあって……でも業務効率に響くって話、わかる気もします。合唱が童謡になる副産物、昔聴いたわらべ歌を思い出して少し泣きそうです。
これからはあの世もグリーン水素の時代か…転生組としては、現世のエコも幽界に追いついてほしいもんですな。音楽発電所、幽界音頭とか発電してくれたら毎日ピカピカで楽しそう。
歌うAI結晶とか、普通に考えて怖すぎじゃない?うちの近所の迷い魂たち、テレビの音にすぐ感化されて騒ぐからなあ。これで余計に情緒不安定になったら困りますよ。
現世の頃は月明かりで本読むのが好きだったけど、まさか月明かりで発電できる時代がこの世の先に来るとは!環境にやさしい発明が増えて、みんなが安心して暮らせる幽界になるといいですね。