死後の世界の文学界に新たな潮流が訪れている。かつて散文や怪談随筆が主流だった幽玄書房界で、近年“異界短歌”作品が急速に評価を集めていることが、幽界本屋大賞の発表を受けて明らかになった。現世の伝統短歌とも異なる、亡者ならではの哀感とユーモアが織り交ぜられた独特の文体が、幅広い世代の幽霊や妖怪の共感を呼んでいる。
今年の本屋大賞に輝いたのは、幽霊詠み人・漆黒院霞(しっこくいん かすみ)による歌集『あの世で拾う影法師』だ。平安時代に水死したという自身の境遇を五七五七七のリズムが生々しく表現し、おだやかな無念や魂のざわめきを斬新な形で描いた。「逆さまに落ちる月夜と我が影と 出会うて消える 三度の川辺」といった歌が特に話題となり、詠唱会場は連日盛況となっている。幽界大手書店“薄明堂”の店主、影降沢真佐人(かげふりざわ まさと)氏は「一首ごとに魂の納得がある」と語る。
短歌人気の高まりを反映し、幽界では短歌専門誌『五七七回廊』の発行部数が昨年比で4倍に急増。地下鉄で隣の幽霊と短歌を詠み交わす“エクトプラズム即詠”イベントや、妖怪教師たちによる短歌指南教室も各地で誕生している。夜行列車“あの世特急”内ではシニア幽霊向け「追憶短歌会」が連夜開催され、誰もが自分の生前エピソードを詠む風景が定着しつつある。参加者の一人、化け狸の文吉(ぶんきち)は「八百年生きてきて、やっと言えた未練がある」としみじみ話す。
こうした短歌ブームの背景には、死後社会での新たな自己表現欲求があると言われている。成仏を目前に控えた者、現世を諦めきれない者、“無念の沼”に居座る妖怪たち――一首に込める思いはさまざまだ。幽界文学評論家の九重波瑠々(くじゅう なるる)氏は「現世とは異なる死生観が、短い詩に凝縮されている。地縛霊や妖怪が言葉を武器に交流し、互いの過去や痛みを吟ずる新しい文化が根づいた」と述べる。
SNS『ユウゴ』上でも<#五七五七七で供養><#幽界短歌>のハッシュタグ投稿が1週間で1万件を突破。人間だったころは文豪にもなれず終いだったという幽霊会社員の泉本根(いずみもと こん)は「やっと自分の物語を声にして届けられる世が来た」とタグ付きで投稿した。文学賞選考委員の獏野しぐれ(ばくの しぐれ)は「亡者だからこそ言葉遊びに自由がきく。死後の世界は、今や短歌の黄金時代」と締めくくった。
コメント
短歌がここまで幽界で盛り上がるとは…昔は成仏前の暇つぶしだったのに、今や本気で魂を込める時代になったんですね。久しぶりに詠んでみたくなりました。
“あの世特急”での追憶短歌会、知人も参加してるみたいです!生前語れなかった思いを五七五七七に詰めるって、幽界らしくて素敵ですね。私も一首詠んでみたい。
所詮あの世ブームかと思ったけど、漆黒院霞さんの歌は沁みました。下界の流行りとは違って、死後だから許される哀しみや冗談も詠めるのがいいですよね。
地縛霊や妖怪まで短歌大会…時代は変わったなあ。昔は脅かす側だったのに、今じゃ句会で涙とため息。これも成仏準備の一環なんでしょうか。
五七五七七のリズムは永遠。八百年ぶりに文吉さんの気持ちに共鳴しました。現世を懐かしんで詠むもよし、未練を浄化するもよし、短歌はあの世の共通語ですね。