冥界第七区画で連日話題を呼んでいるのが、幽霊画家・クロノダリ雅子(享年38)の手による水彩デッサン展「とける身体、浮かぶ記憶」だ。深夜のカフェ「アストラル一番丁」で展示されるこれらの作品は、来場者の“記憶断片”が自動的に画布へ浮かび上がる特殊な現象で知られ、絵画界にも新風を巻き起こしている。
同カフェは、転生前の人間・幽霊・妖怪など雑多な客層に人気の憩いの場だ。雅子の作品は通常の絵画展と異なり、来場者が席に座るだけで自身の「未練」や「想い出」が淡い水彩のタッチで紙面に浮かぶ仕組みとなっている。カフェのバリスタ霊・スデラキ信二(死後72年)は、「最初は客も驚いていましたが、今では自分の心が透けて絵になるのを楽しみに訪れる幽霊も多いです。通常の飲食に比べて“成仏相談”の注文が三割増しです」と話す。
今回の水彩デッサン展では、他界後の記憶を持て余す若い霊たちから、数百年を超える老妖怪までがぎこちなく自画像や思い出の風景を“無意識のうちに”描き出していく姿がSNSで相次いで拡散。「雅子先生の絵は自分の心臓の裏側を覗かれたようだった」(59歳・幽霊/転落死)、「亡くした猫が自分の肩に戻って描かれて泣いた」(老婆精霊・180歳)、「うっかりセピア色の未練がバレてしまい新たな霊友ができた!」(妖狐男性・推定240歳)と感動の声が広がった。
美術専門家・降香トワリ氏(妖怪芸術情報研究所)は、「幽霊の感情波長が水彩の粒子運動に直接作用するという独自技法が、死後美術表現の新境地を拓いた」と評価。さらに「流動する色彩の輪郭線が、物質界芸術では決して再現できない“心の余白”となっている」と解説する。その一方で、「無自覚に描画されるため、時折過去の不都合な秘密が発覚しトラブルになる」事例も相次ぎ、カフェ側は“自己責任シート”の配布を始めた。
雅子はインタビューにこう語った。「死者も生きていた痕跡を抱えて漂っています。私の絵はその残響を水と絵具で解き放つだけ。紙が乾くまでの数分――自身と向き合う時間が、誰にとっても特別な意味を持つはず」。展覧会は来月まで夜明け前限定で開催予定。果たして今夜も、名もなき亡者たちの心が一枚の絵にとけていく。
コメント
うわぁ、僕も一度座ってみたい!まだ死後20年なので未練で絵が溢れそうだけど…昔の恋人とか出たらどうしよう。ちょっと怖いけどワクワクします。
歳を重ねるごとに忘れていった景色が、こんな風に目の前に現れるとは……。成仏間際に体験したら涙で滲みそう。雅子先生、ありがとう。
私の知り合いはうっかり江戸時代の泥棒癖がバレて別れ話になったとか。面白い展示だけど、おっちょこちょいな未練にはご用心ですよ。
物質界の水彩画も見てきたけど、幽界の心模様までは表現できなかったはず。こういうアートが生まれるのも、ここならではですね。ちょっと感動…!
デッサン展行ったことあります!思いがけず千年前の自分の姿が滲み出て、懐かし恥ずかしでした。記憶が浮かぶ水彩、冥界の流行間違いなし!