亡者や妖怪たちの間で、“働きながら休む”という新たな生活文化が静かに広まりつつある。最近、東雲山脈のふもとに位置する能面リゾート「青灯荘」では、鬼や幽霊がスマートフォンや魂操作端末を片手に、温泉や月夜のバルコニーでリモートワークを楽しむ光景が増えてきた。異界社会でも「休暇」と「業務」の境界が問い直されている中、各種の福利厚生制度や独自の働き方改革が試行されている。
この潮流の中心にいるのは、青灯荘の支配人・緋屋敷 桐子(ひやしき きりこ、157歳)。近世初期の地縛霊でありながら、館内無料Wi-Fiと“死後SNS”完備など、現世さながらの利便性を追求したリゾート運営で知られる。『地上では終身雇用が消えつつあると聞きますが、我々も無限勤務が続けば魂もすり減ります。せめて桜橋温泉や、夜明け前の霊気に包まれて仕事をすることで、成仏未満のリフレッシュを得てほしい』と語る桐子支配人の願いが、利用客の増加につながっている。
実際、今月はじめの平日午後、サンプラザ冥府商社勤務の般若 美鈴(はんにゃ みれい、元人間、享年32)は、和蝙蝠の羽根テラスで“魂の経費精算”を音声入力しつつ、隣席の天狗営業担当と社用談義。『以前の地底オフィスは陰鬱でしたが、ここでは同僚妖怪と自然の中で連携できる。毎夜の“お供膳”バイキングも、想念に合わせて具現化してくれるので癒されます』と美鈴さんは語る。滞在中の利用者同士が意見交換する“夜の井戸端会議”も人気だ。
また、幽霊限定の“魂エステ”プランや、仕事の合間に参加できる“幻灯流しヨガ”など、休暇と業務の融合を意識したサービスも好評。従来、死後社会では職場が棲家と直結している例が多かったが、こうしたリゾート滞在型ワーケーションが普及することで、『魂のマンネリ化』が防げるとする専門家も少なくない。冥界生活文化研究家の竜願寺 皐月(りゅうがんじ さつき)は、『地縛霊や付喪神など、長期間同じ場所に縛られがちな存在ほど、非日常空間での勤務経験が新たな“自己成仏”へのきっかけになる』と分析する。
リゾート側も、地元の山童や化け猫と協力した“草木染めつけ交流ワークショップ”を増設し、異なる種族間のネットワーキングや観光資源の活用に力を入れる方針だ。一方で、伝統派の一部幽霊団体からは『あの世のリゾート化は死者の品格を損なう』との保守的な声も根強い。しかしSNS上では、『生きていた頃は有休もろくに取れなかったが、今は“永遠のワーケーション”が嬉しい』(水神コンサル・溝岬 淵助 68世)など、働き方改革を歓迎する投稿が相次いでいる。
来月からは、青灯荘のみならず、近隣の“幻桜峡”や“千年杉霊木村”でも類似のワーケーション施設がオープン予定だという。死後の社会においても、心地よい休暇と働きやすい環境への模索は続く。あの世の営みが変わりゆく今、魂たちの“仕事と休暇の新しいかたち”から、現世の私たちも学ぶべき点があるかもしれない。
コメント
青灯荘の魂エステ、前から気になってました!現世で身を粉にしてた頃を思い出すけど、これなら成仏未満の癒しも味わえそう。ワーケーション、一度体験したいです。
正直、あの世でまで働き方改革とか現世の流行が来るとは思いませんでした(笑)でも温泉バルコニーで魂を休めながら仕事できるのは魅力的。夜の井戸端会議、また参加したいな。
伝統派はうるさく言うけど、千年も同じ蔵番やってると気分転換したくなる気持ち、すごく分かる。魂のマンネリ化って地味にキツいから、こういうリゾートはもっと普及してほしい!
月夜のバルコニーで魂操作端末…時代は変わったものですね。初めて浮遊した夜のようなワクワクを思い出します。次回、幻灯流しヨガで自己成仏を目指します。
永遠のワーケーションって言うけど、地底の底冷え職場を思えばありがたみも感じます。ただ仕事と休暇の境が曖昧すぎて、どこまで魂を休めていいのか未だに悩む……。皆さん、ちゃんと休んでます?