亡者の都アマノダの夜明けに、無音のモーター音がこだまするようになった。今や幽霊界の中心街では、馬車のような死神キャリッジに代わり、“幻影EV”の車列が白霧を切り裂く光景が日常になりつつある。急速に進む電動化は、異界名物「魂炭素」を脱却する波となり、死後の経済秩序に大きな地殻変動をもたらしている。カーボンニュートラルを掲げる異界企業と、伝統派の強固な反発が騒動を呼んでいる。
今年の上半期、アマノダ産業統計庁の調べによれば、魂由来の化石燃料『幽炭素』消費率は30%も減少し、逆に霊的電力とバイオマス発電主体の“グリムグリッド”への接続台数は二年連続で倍増した。異界大手のサイキック・エレクトロモータ―社が発表した新型EV『ファンタズマ・スウィフト』の売上台数は、一月で3万台を突破。亡者だけでなく妖怪や精霊、省エネ派の河童までもが電動化の波に乗っている背景には、三つの理由がある。死後環境への配慮、一部領域で進むESG(Erased Souls Governance)投資、多様な環境認証が勢力拡大の後押しとなっているからだ。
しかし、急進的な電動化が全ての層に受け入れられているわけではない。死者の伝統企業連合は、『死者本位の秩序を守る会』名義で異界議会に要望書を提出。「幽炭素の歴史こそ、我々の死後文化の礎。強引なバイオマス推進は、私たち冥界労働者の誇りを奪う」と主張している。特に、魂燃料製造に従事する“陰気エネルギー工連”の組合長・ヤシマカゲリ(故人、享年321)は「成仏済み老人ほどEVの繊細なモーター音には不安を感じる。轟音の魂エンジンこそ、わが青春」とSNSに投稿し賛否両論を呼んでいる。
対照的に、新世代の“浮遊経営者”や若手死神の間では、強まる気候変動(特に霊界の冷暖房負荷増)への対応が注目され、独自の再生可能エネルギー開発や水素エネルギー転用技術が台頭している。未練エネルギー循環を取り入れた経営モデルも現れ、地縛霊コンサルタントのクルミミヤコ氏(存在歴87年)は「魂の未練こそ、究極の再生可能エネルギー。カーボンニュートラルの鍵は“想い”の共有にある」と語る。
魂の街角では壮麗な“EV伝道師”たちの試乗会や、環境認証つき自動車保険の勧誘が絶えない一方で、街外れの“幽炭素市場”には今も根強い支持者が集い、過去と未来が複雑に交錯している。魂社会のカーボンニュートラル実現は、技術革新と伝統、そして死者たちの願いの狭間で揺れ続けている。
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