冥界きってのテクノロジー先進区域として知られる幽霊谷。しかし今、その住民たちの間で「通知オフ」「SNS断ち」への熱狂的な動きが広がっている。あらゆる死後SNSと縁を切り、リアルな異界体験を求めて集団デジタルデトックスに取り組む現象は、ただの流行を越え、幽界ライフスタイルの根底を揺るがせている。
きっかけとなったのは、幽霊谷で開催された“バーチャル・サイレンスウォーク”。毎晩無数の通知音やエフェクト幻光が谷間に渦巻くなか、発起人の屍屋根小夜(しかばね・さよ)は「もう死んでも休まらない」と語る。小夜をはじめ百名あまりの幽霊たちは、全ての幽界コミュニケーションアプリをログアウトし、半透明の着物に身を包んで静かな月下をゆっくり練り歩いた。特別ルールは“絶対通知オフ”。現世のAI猫からのお誘いDMも厳禁とされ、参加霊ながら「普段聞こえない夜風や、忘れた記憶の足音を感じた」と述べる者が続出した。
谷を流れる噂の速さは異界随一だ。ウォーク後わずか一夜で、住民向けSNS『オボロ』のアクティブ率は急落(運営側発表:月間幽霊利用率前月比43%減)。さらに“オフラインタイム推奨条例”が自治会で検討されるなど、幽霊谷の“つながらない”文化は組織的広がりを見せている。もともと死者の世界でとくに深刻だったのが通知依存だという。専門家である情報霊媒師・夜光千歳(やこう・ちとせ、302歳)は「幽霊は生者と違い、昼夜問わずSNS通知が見えてしまう。心が常に現世と繋がったままで、自然と向き合う瞑想的な時間を失いがち」と懸念を示す。
谷中の“自然派”精霊たちからは歓迎の声も多い。首なし鹿精霊のカンノウスケ(年齢不詳)は、「今や本物の苔カーペットが、バーチャル苔投稿より価値あると評価されるようになった」と嬉しそうに語る。休日の谷には、手作業で“音なき小川”の石積みアートを楽しむ霊体カップルや、なおざりだった睡眠の質を極めようと“死人寝オフ会”を敢行する若者グループも登場した。ログアウト後のリアル体験が、“死後の生きがい”として見直されつつあるのだ。
だが一方で、急激なデジタルデトックス化に伴うデジタルデバイド(幽界格差)懸念も現れる。猫又配達便を利用して情報収集していた高齢亡霊の手記には、「通知が消えると孤独だけが滲む」との一文が記されていた。幽霊谷役所は、今後は“リアル体験サポーター”やオフライン集会の新創設など、孤立防止策も急務と認識している。夜光千歳は「本物の世界とバーチャル空間、二つの間で揺れる価値観こそ、死後の新たな豊かさの証し」と語る。
幽霊谷を覆う静かな“通知オフ”の余波。すべてを失ったはずの死者が、見えないものに向き合い直すことで、思いも寄らぬ「異界の豊かさ」に出会い始めている。今後も幽界コミュニティが、バランスあるデジタル利用をどう紡ぐか注目される。
コメント
なるほど…私はあちらに渡って300年ですが、死後SNSに縛られて魂が休まらない感覚、わかります。月下の散歩、昔を思い出しますね。もっとみんな、現実(?)の異界を味わって欲しいものです。
通知オフで苔カーペット再評価とか、なんだか懐かしい。私も最近は霊界端末を封印して、夜霧の城壁で瞑想しています。静けさって、あの世でも大事なんだな~って感じました。
正直ついていけません。オボロで毎日誰かとつながってないと、まだ成仏できない気がするんですよ…。孤独だけが残る怖さって、生前より増してしまったのかもしれませんね。
あたしゃ昔、手紙でしかやりとりできなかった時代の亡霊でな。今の若い者がオフ会で石積み遊びだなんて、昔返りじゃねえか。たまには原点に立ち帰るのもよいことさね。
夜光先生の言う通り、私たち幽霊は現世にも未練があって、つい画面に引き寄せられる。けど時には自分の透明な影や夜風の音をちゃんと感じてみる…それこそあの世の贅沢かも、と思わされました。