夜半の墨流し街区に広がる旧図書冥館――そこでは日々、幽霊や妖怪たちが集い、死後の文学と新たな物語を紡いでいる。先日、詩好きの間で話題沸騰となっているのは『透過する紙片』と名付けられた不可解な詩集。なんと、ページをめくるたびに詩が消えてしまい、翌夜には新たな詩に生まれ変わるという。この摩訶不思議な詩集を巡る書評とミステリー考察が、幽霊詩人協会主催の読書会で大盛り上がりとなった。
詩集『透過する紙片』の存在は、百余年もの間ほとんど伝説とされてきた。しかし、死後一七二年目を迎える詩人・仄藤燹(ほのとう・せん)が「旧書庫の硝子箱で偶然発見した」とする一報のSNS投稿が拡散されるや否や、夜ごと詩人や文士の幽霊、妖怪評論家が旧図書冥館に殺到。問題の詩集は、銀色の表紙に薄い影がゆらめく奇書で、手に取った者によって詩文も内容も異なって現れるという奇現象を起こすのだ。
協会員の宮守わすれ(幽霊詩人、享年28)は「読む者の記憶や未練によって詩が変化し、読了後には痕跡ごと消えてしまう。まさに“消失の芸術”」と称賛。一方で死神司書の蓼科枢(51)は「これは文学史上初の“生きている本”であり、死者の未練や後悔を、詩として浄化・昇華してくれる。書評が不可能なほど内容が流動的だ」と語った。妖怪たちの間では、この詩集を読めば昔の心残りが一篇の詩となって現れる“化解の儀式”としても崇められ始めているという。
今回の読書会では、参加者が各自の記憶に残った一編を語り合うスタイル。幽霊編集者・胡馬音石(82)は「私は生前の親友と再会する詩が現れ、気づけば涙も文字も消えていた」と振り返り、妖狐の美風壱葉(永遠17)は「読んだ紙片が桜色に染まり、初恋の情景が浮かび出た」と証言。会場を包んだ静謐な空気が、次第に誰もが“自分だけの詩集”を手に入れたという錯覚を誘った。
SNS上には「詩集を手放せない」「消えていく詩が愛おしい」「逆に誰かに読まれたかった詩が、いま生まれているのでは」などの声が続出。専門家・芝庭真夜(怪談文学研究家)は「生だけでなく死にも文学は寄り添う。詩は消えるからこそ永遠であり、この詩集は死者の心理に深く根ざしている」と分析する。幽霊詩人協会では、来月にも第二回“消失する詩集”読書会の開催を発表。死者限定の文学熱はさらに高まりを見せそうだ。
コメント
私もあの詩集、手にした途端、古い記憶がふわっと蘇って消えていきました。成仏しかけてた思い出が、また新たな詩として巡り会えた感じがして、不思議と胸が温かくなります。やっぱり死者の世界の本は奥が深いですね。
消える詩集なんて、死後の図書館でもさすがに聞いたことがありません。書評ができない本というのが斬新すぎて笑いました。次の読書会、抽選外れませんように……。
初恋の詩が浮かび上がるなんて素敵ですね!私も転生前の恋が消化できず悩んでるので、今度その詩集読んでみたくなりました。詩って成仏の助けにもなるんだ、とあらためて思いました。
なんだか羨ましいです。あの世の詩会は、生前よりずっと自由で面白い発見が多い気がします。生前は消えゆくモノに未練しかなかったけれど、ここでは消えることが美しく思えるんですね。
化解の儀式という考え方、洒落てますねぇ。でも、うっかり俺みたいな悪霊が読んだら、どんな後悔が出てきちゃうのか……ちょっと怖い気もします。詩集の方こそ早く成仏してほしかったりして。