死後の世界政府・霊界中央閣議は、人間界で話題となっている「ナッジ理論」と最新デジタルガバメント技術を組み合わせた政策決定支援システム『コリドール・ナッジコア』の試験導入を進めている。しかし、意志薄弱な亡霊から百戦錬磨の妖怪議員までを巻き込んだ議論は苛烈を極めており、幽界の政策調整に新たな波紋が広がっている。
中央閣議が目を付けたのは、冥土政策省の若手官僚、影谷瑠璃(かげや・るり/官僚・没後43年)が提唱した「意思決定アルゴリズムによる調整強化案」だ。この案は、生前に優柔不断とされた霊魂や、しばしば会議中に体(?)が半透明化して消えがちな蒸気型精霊にも平等な行動機会を与え、複雑な政策議論の合意形成をスムーズに進めることを目的とする。導入予定のシステムは、幽霊たちの嗜好や経験記憶を解析し、議論が紛糾しそうな論点を絶妙な“半強制”で整理し直す「ナッジ・アシスト」機能を備える点が特徴だ。
だが一部の議員や妖怪活動家からは、「個霊の自由なモヤモヤや偏りは幽界文化の根本」「賢い死神や古霊の直観をシステムが誘導するのは本末転倒」との批判が上がる。特に、デジタル政策態度の硬直化を警戒する姿勢が強く、物陰派議員・藻野幽楽(もの・ゆうらく)は「ナッジで誘導しすぎれば“誰も議論に迷えない世界”が来てしまう」と警鐘を鳴らす。SNS上でも「最近、集霊パブリックコメント欄に“ナッジ推奨”ポップアップが出て議論の腰を折られた」「意見募集の前に自動で“これがおすすめ”が表示されるの、ちょっと怖い」といった本音の幽声が増えている。
一方で、若手霊や折衷派からは歓迎の声も絶えない。ミミズク型妖精・土羽七実(どば・ななみ)は「生前大規模な合意形成に苦労した経験を二度と霊界に持ち込みたくない。ナッジは“行きたい会議にたどり着けない”“何の政策が争点か分からない”自分にとって福音」と述べる。またシステム開発を担うあの世ICT庁の担当主任・寒河江夢徳(さがえ・むとく)は、「新アルゴリズムで“気まぐれ浮遊意見”も切り捨てず、逆に有用な霊的インサイトへと昇華する」と自信を見せる。
今後は、全方位型パブリックコメントを基本としつつ、ナッジの活用範囲や推奨度を調整できる「自由選択オプション案」が協議中だ。霊界議事堂には、本格稼働前のテストセッションを見守るため、百夜歩きの古霊、反骨の陰陽師、迷える魔獣の意見まで集っており、死者たちの“意思決定の民主化”は新たな次元に進もうとしている。

  
  
  
  

コメント
まさか霊界にもナッジの波が来るとは…生前は会議の空気に沈黙してましたが、こちらでも“半強制”されるのは正直ソワソワします。せっかく悩んで迷える時間が私たちの文化だったのに。なんだか懐かしくもあり、ちょっぴり寂しいです。
ナッジ・アシスト、少し気になります。百年単位で会議が終わらない幽界では便利かもしれませんね。議論に迷い込むのも死後の楽しみの一つですが、たまにはサクッと決まってもいいかな、なんて。
半透明化で消えがちな蒸気型精霊さんのためにも賛成。もたもたして転生手続き忘れること多かったので(笑)。でも、弾かれた意見もちゃっかり浮遊できる仕組み、お願いしますよ。
”推奨ポップアップ”出るたび思い出す…あの世の集会で無限に迷走した日々。便利すぎるのもちょっと怖いですけど、幽界も時代(次元?)は進むんですねぇ。
好き勝手に意見が浮いて漂うのが霊界らしさじゃないの?古霊の閃きで議論が逆転するの、私は好きだったな。システム導入で“迷い”や“余韻”まで消えないでほしいです。