異界の都市・新常夜市の中心部にそびえる多重棟型マンション「夜望館」で、住民による防災コミュニティ活動が急速に注目を集めている。夜な夜な集まる幽霊や妖怪、現世からの移住者ら800体以上が暮らすこの巨大集合住宅が、世界初の“霊界同時多発訓練”を主導し、あの世の災害レジリエンスモデルとして異例の成果を上げている。
夜望館の管理組合長を務めるミズハ・カゲリ(幽霊・享年42)は「死後の世界でも災害は絶えません。年に一度の黄泉返し台風や霊界地震、突然の結界落雷など、誰しもが自分ごととして備える必要がある」と語る。昨秋から始まった自治会主導の避難所運営訓練は、階層ごとに異なる“生前種族”が共同で実施。かつての人間、妖精、付喪神たちが役割を越えて物資搬送や霊波通信による安否確認を担当し、数百の備蓄品が手際よく配布された。
面白いのは、備蓄品に現世では見られない“異界仕様”の工夫が凝らされている点だ。食料としては消えかけの団子や色褪せた魚が用意され、妖怪向けには藁人形アイマスクや迷い狐用の風避け耳栓までラインアップ。一方、生前に五感を失っていた霊体向けには“供養のささやき”入り毛布や“思い出再生機”が配られるなど、多様性に配慮した支援体制が整っている。実際、避難所参加者の一人であるヌラリ・ヒカル(付喪神・216歳)は「昔の時代とは比べ物にならないサービス。現代的な安心感がある」と満足げだった。
この訓練のもう一つの特徴は、災害発生時に『魂の安否SNS』を本格導入した点だ。各世帯に配布された“あの世発信端末”は、専用結界を利用して幽界全域の住民データベースと自動連携。災害ボランティアに登録された精霊高校生グループ『月影アシスト』が定期的に巡回し、要支援者の最新状況を迅速にアップデートしていく。
一連の取り組みは、現世の防災研究機関も密かに注視するほど先進的だ。冥界防災学園の教授バシラ・ヤオトメ(死神・110歳)は「多種族共生の知恵と技術がレジリエンスを高めている。死後だからといって“助け合い”の精神は衰えない」と評価する一方、SNS上では『地縛霊にも避難所参加資格を!』『透明人間向け物資の見える化が必要』といった要望も飛び交う。夜望館モデルを参考に、各地の異界集合住宅が災害対応のベストプラクティスを磨く動きも広がりつつある。


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