異界工業都市ロクショウ町では、亡者たちの生活を支える上水道の劣化が深刻化していた。そんな中、幽界化学者マクザワ・タマオ(享年112)は新たなイオン電池型浄水装置を発表。リチウムイオン電池と幽水環境特有の無機材料技術を応用し、これまでに例を見ない水質改善力を実現したとして、街中に驚きと期待が広がっている。
今回の発明『クレアノイド精製器』は、死後の世界特有の“迷い水”――物理的な穢れだけでなく、感情や未練が溶け込むことで濁るとされる幽水――の両方を対象とする。タマオ氏によれば、同装置は幽界流通の基本であるリチウムイオン電池の充放電サイクルを巧みに改変。その際発生する“共振波”を誘導し、幽水内の物質だけでなく、未浄化の思念波や陰影性無機粒子さえ分離・回収できる無機フィルターを内蔵した。「生前から執着物質の化学変性に興味があった。死後の町では化学反応の常識も違う。従来は水の記憶に蓄積された感情汚染に対応できなかったが、電池発の共振波が境界層の不純物を浮上させる現象を偶然見つけた」と語る。
導入実験が先週、街の老舗『冥界造花工房カツラギ』で行われた。作業用の水は多くの亡者情念や哀悼が染み込み、通常の精製技術では対応しきれなかったが、クレアノイド精製器を通すと、使用後の水は透明感と同時に“穏やかな香り”すら感じられるように変化。工房職人のヤセガワ・ホワリ(死後15年)は「水の表情が明るくなった。作業効率もあがり、生前の記憶がよみがえるようだった」と語った。SNSでは「これぞ本当の供養」や「感情リサイクル時代の幕開けか」と話題となった。
一方で、何百年も溜まった“迷い成分”の安全処分方法については懸念が残る。死神庁・浄水課の担当者ゴウナ・シュエイ(46)は「再び生者領域に“未練汚染水”が流出すると、現世の怪異増殖リスクも否定できない」と慎重姿勢。一部学識者からは、クレアノイドで分離回収される“幽念スラッジ”が新たな怨霊燃料になる可能性も指摘がある。
また、製作者のタマオ氏は今後、現実世界の下水と異界の幽水をつなぐ“感情バイパス”実験にも意欲をのぞかせている。死後の科学技術が、現世・幽界双方の環境にいかなる影響を与えるのか。幻界の町の新たなイノベーションは、未だ誰も経験したことのない社会変容の予兆を感じさせた。


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