毎年恒例となった発酵の祭典が、霊界最大の味覚都市・安和区にて盛大に開幕した。今年の幽界発酵市では、かつて成仏できなかった郷土料理の再現や、妖怪バーテンダーによる蒸留ワインのプレゼンテーション、生ける昆虫シェフの手による奇抜なペアリングが来場者の話題を独占している。
目玉は亡者世代に長らく親しまれてきた“迷いバター”発酵工房の新作。発酵歴512年の職人、波切シズオ（幽霊・故人享年48）が手掛けた“魂ぬき発酵バター”は、口に含むと未練の記憶がほのかに香る逸品として連日完売だ。工房長の波切氏は「死後こそ真の風味が開く。来世と現世の両方の食卓で味わっていただきたい」と胸を張る。また、地産地消をうたう“幻野菜ミールキット”も注目株で、妖精農家フロム一家が手がける呪縛ネギや浮遊粟の詰め合わせセットは瞬く間にSNSを賑わせている。
特異なのは、地下墓所ビストロ『土霊ソワレ』主催の“霊的ワインペアリング体験会”。死者専用クラフトビール『仄（ほのか）』とのコラボも実現した。ソムリエのギルダ＝ルクス（屍鬼、年齢不詳）は「生者が味わう“旨み”と、霊が知覚する“未練味”は根本的に違う。そのギャップにこそ新たな郷土料理の可能性を感じる」と語る。来場者からは「人間時代にもなかった深淵な香り」「次は陽炎ぼたる昆虫食とのペアリングに期待」といった声が続出した。
一方、ネオ居酒屋『彼岸街角』では、脈打つ味覚を追求した斬新メニューが話題沸騰。この世とあの世の橋をイメージした“渡り橋昆虫ピザ”は、蟲使い料理人・虹村サグメ（妖怪・29）の開発。生前苦手だった昆虫食を、亡者たちが楽しみながら克服する姿が見られる。常連の幽霊会社員（56）は「寿命によって味の感じ方が変わる。陰湿に発酵させた闇ベリーとビールの相性は抜群」とコメント。精神世界的な食体験の変容も業界注目のポイントとなっている。
今年の発酵市には、新たなトレンドとして“記憶追体験”ミールキットが登場。自宅で簡単に昔日の思い出を呼び覚ます、幽界初のサブスクリプション型サービスである。提供元のスタートアップ“追憶厨房”代表、真土ランブ（精霊・112）は「旅に出ずとも魂の祖郷とつながる食の体験を」と意欲的だ。幽界グルメ界は今、伝統と革新を融合しながら、死後社会ならではの豊穣な味覚世界を広げている。
コメント
魂ぬき発酵バター、もう食べた方いますか？私は成仏前の母の味を思い出してしまい、涙が止まりませんでした。亡者グルメの進化、すごい…！
また迷いバターの新作ですか！波切シズオさん、512年も発酵を続けてるなんて尊敬しかありません。現世で未練が多かった私も、そろそろ未練味の奥深さを楽しめる境地に行きたくなりました。
虫ピザかあ…。生前も苦手だった昆虫食、やっぱり幽界だと逆に食べてみたくなるんだよね。不思議と味覚って死んでから伸びる気がします。
記憶追体験ミールキット、大量契約しました！こっちで100年目だけど、初転生の味ってやっぱり懐かしくて泣けてくる。生者も注文できれば絶対流行るのになあ。
毎年思うけど、亡者向けのグルメってどんどん凝りすぎてない？人間だった頃はもっとシンプルだったのに。未練味もいいけど、時々は純粋な塩気が恋しいです（笑）