近年、亡者街の中央通りを歩けば、どこからともなく芳醇な香りが漂う。カフェ・アストラールをはじめ、幽霊バリスタたちが営むコーヒースタンドが各地で続々と開店し、生前もコーヒー通だった霊魂たちや、好奇心旺盛な妖怪、心を癒やしたい死神らで賑わいを見せている。彼らが誇るのは、現世を引きずる心情を一滴一滴に込めた“未練ブレンド”。その裏には、あの世特有のウェルネス文化が発展を加速させているという。
今秋、霊都ユメノシタで開催された“第七回死後ウェルネスフェスティバル”では、新進気鋭の幽霊バリスタ石楠花(しゃくなげ)ミキ(享年32)が、独自のハンドドリップ技法で優勝。水流の波動に自らの霊圧を織り交ぜ、不眠気味の妖精や記憶が揺らぐ年配の亡者向けに、アダプトゲン入りの“静寂ノ雫ラテ”やCBDを加えた“魂休(たまやす)カフェ”などを提供した。このラインナップはSNS『魂々(たまごと)』で瞬く間に話題となり、「眠れぬ夜も夢心地」「未練が昇華される」と多くの投稿を集めた。
コーヒーに発酵食品をアクセントとして加えるスタイルも増加傾向だ。百二歳の妖怪医師・鬼道トゲハ(享年不詳)は取材に、「発酵菌は成仏しきれぬ魂の浄化を助けるだけでなく、腸幽海(腸内世界)と精神界のつながりを強化する」と説明。実際、昨今の“発酵泡ラテ”や“菌活エスプレッソ”はラグナ長寿院でも朝の新習慣になっている。
ウェルネス意識の高まりからか、マインドフルネス瞑想とコーヒーを組み合わせる会も各地に誕生している。精霊大学の研究員である浜月ラウルは、「亡者は過去の思い出に囚われやすいが、香りや味に意識を向けることで現在(いま)を丁寧に感じ、予防医学的にもストレス軽減に寄与する」と語る。運動習慣と組み合わせて“コーヒーウォーキング”を行う霊魂集団も出没し、散歩道で瓶を片手に語り合うその姿は、現世と異界が重なり合った不可思議な光景だ。
こうした健康志向の流れには、“習慣化”アプリ「亡習(ぼうしゅう)」の浸透も一役買っている。亡くなった後も改善志向を持ち続けたいと願う霊たちが、寝起きや夜の“ひとくちコーヒー”を記録し合い、モチベーションの維持に役立てているのだ。「成仏直前に珈琲を飲んだおかげで後悔がひとつ消えました」と語るのは、自称・悔恨コレクターの河音カナエ(享年41)。あの世のコーヒーブームは、亡者と妖の自己回復力をそっと後押ししている。


コメント
生前は紅茶派でしたが、“未練ブレンド”の深く懐かしい味に最近やられっぱなしです。香りを嗅ぐと、生きてた日の朝がよみがえりますね。死んでからの方がコーヒーを楽しめるとは…本当に不思議なものです。
発酵泡ラテ、菌活エスプレッソ…昔は屍蝋の香りしか嗅げなかったのに、今じゃこんなシャレた飲み物が死界でも流行るとは!あの世もだいぶ変わったものだ。コーヒー片手に浮遊する毎日、案外悪くない。
幽霊バリスタ石楠花ミキさんの技法、ぜひ体験してみたいです!『魂休カフェ』飲んだら、私の浮遊性不眠も少しは楽になるのかな…この世で叶わなかったカフェ巡り、まだまだ続けられそうで嬉しいです。
正直、コーヒーやら瞑想やら“生き急ぎ”な感じしません?死んでまで習慣化アプリで自己管理、とかちょっと笑っちゃう。でも、未練を少しずつ溶かす時間もまた死後の贅沢ってことかもしれませんね。
長寿院で菌活エスプレッソが朝の定番…聞いて懐かしさに胸が震えます。私がいた頃は灰色の寂しさばかりだったのに、今は香りや味でこんなにもあの日々に触れられるなんて。死んでも心って癒やしを探すのね。