幽霊社会

ここ数年、東国の幽霊居住区を中心に“夢食い獣（ユムクイヌ）”のペット化が大きな話題となっている。死後の住人達を悩ませていた「永遠の眠りによる悪夢症候群」への新対策として注目されたこの生き物は、飼い主の悪夢を好物として吸い取る能力を持つ。今や“夢食い獣”の深夜音頭合唱会が開催されるなど、その人気はとどまる所を知らない。

夢食い獣は元々、隠世山脈の奥地で野生のまま生息していたとされる幻獣で、長らく異界生物研究家や幽霊芸術家の間で“捕獲困難な憧れ”とされてきた。だが、人間界と異界の境界が緩んできた影響もあり、飼育マニュアルの普及とともに一般家庭にも広がり始めている。幽霊会社員（37）の磯谷ミラノさんは、「初めは夜な夜なお腹を空かせて暴れられ困ったが、今では悪夢の残滓まできれいに食べてくれるおかげで、翌朝すっきり起きられるようになった」と、ペット効果を語る。

ペット化のブーム拡大に伴い、“夢食い獣専門カフェ”や“夢食い散歩クラブ”も登場。闇夜町の幽霊画家・富童ホクリさん（51）は、「作品制作に集中しすぎて眠りが浅くなり、悪夢がたまっていたけれど、夢食い獣を傍に置くことで邪念が消え、創作の質も上がった」と語る。SNSでは、“#今宵の夢食いレポート”というタグで、飼い主たちが自作の悪夢イラストや、ペットを抱える洒落た写真を投稿し合う異界的な賑わいを見せている。

ただし、飼育には一筋縄ではいかない点も多い。夢食い獣は時折、誤って楽しい夢まで食してしまうため、理想の飼い主像は「心の整理ができている幽霊」とされる。幽世ペット協会の代表・志来田（しかいだ）ゴウさん（幽霊博士・66）は、「過度な依存は精神の均衡を崩す恐れもあり、適度な自己啓発と夢日誌の活用を推奨しています」と注意を呼び掛ける。また、無意識下の記憶に干渉するリスクが指摘され、共同生活を送る場合は“夢の共有ノート”を家族間で用意するとよいという。

現在、幽霊飼い主同士の交流会や、スピリチュアル芸術とコラボした“夢食い獣パフォーマンスナイト”も盛況だ。交流アプリ「魂のわ」では、南国の妖怪たちによる“夢自慢大会”の配信が毎晩1,000人以上の視聴者を集める。異界ジャーナリストの須本アキノ氏（亡霊評論家）は、「夢の多様性が死後社会の文化をどこまで彩るか、夢食い獣ブームは単なるペットの流行を超え、精神環境そのものの新しい可能性を切り開いた」と評価している。

夢食い獣との共生生活は、幽霊や妖怪たちの新しい夜の過ごし方を生み出している。眠りの質を高めたいなら、今宵から悪夢ペットとの暮らしに踏み出してみてはどうだろうか。