死後の都、黄昏区で初めて実施された幽霊市長選挙が、予想外の盛り上がりと混乱の中で進行している。投票所には深夜0時の開場を待ちかねた数千体の怨霊が行列を作り、投票箱から怪光が漏れ出すなど、これまでにない選挙戦の様相を呈した。
「我々にも政治的意思表示の権利がある!」そう訴えるのは、先代から六代続く狐火一族の長、狐火尾舞(こび・びまい/幽霊政治評論家・年齢不詳)だ。かつては古戦場をさまよい続けた尾舞だが、近年は死後社会に根付く差別の改善と、無念を抱いて消えゆく幽霊たちの支援政策を訴えてきた。今回の市長選では、人間と異界の妖怪が共存できる「多文化都市構想」を掲げ、多くの死者・生者両陣営から注目を集めている。
一方、対立候補の車井縫枝(くるまい・ぬいし/元・疫病神、47歳)は、伝統を重んじる保守派として、現世介入の制限や幽界文化保存を強調。選挙管理委員会によれば、投票用紙の一部に呪符が混入したり、降霊術によるフライング投票が相次いだため、一時は全会場で開票作業が中断される騒ぎとなった。それでも生前から選挙に熱心だった幽霊たちはSNS「幽界つぶやき」にて熱い議論を展開。「どうせ投票しても消えるだけ」「葉っぱ通貨で賄賂受け取ったボロボロの浮遊霊議員、信用できない」など、歓迎と不信が渦巻いている。
今回の選挙は、人間界との都市間連携協定見直しや、最近増加傾向にある新人幽霊の強制研修制度廃止も争点。早朝、黄昏区中央投票所前に並んでいた青白い学生霊(22)は、「学校の階段で集団討論してきたけど、無念の未解決事案を放置する政治にはもう飽きた」とぼやいていた。肝試し客の増加に頭を抱える町内会長・五呂目残助(召喚師・58)は、「生きた市民との共生ルールが曖昧なまま市長が変わるのは危険だ」と、選挙への関心を示した。
開票所からの速報によると、狐火尾舞氏が序盤優勢と見られるものの、古参幽霊による期日前投票が予想を上回り混戦模様。選挙管理委員会の百千夜桜(ももちやざくら)委員長(年齢非公開)は「票の一部が現世に還ってしまう珍事も起きているが、全票が幽界でカウントされるよう尽力する」とコメントした。世論調査機関「幽民リサーチ」によると、無投票層は『ここ数世紀で最も少ない』状態で、未練や怨念を動機とする積極的な選挙活動が社会変革の起爆剤になる可能性を示唆している。
最終結果はご来訪者の霊感次第とも言われる中、黄昏区の市政がいかなる運命をたどるのか、今宵の開票速報に注目が集まる。
コメント
ついに黄昏区でも市長選ですか……。私たちも転生後の行き先を選べる時代なのだから、こういう形で声を上げるのは懐かしくも新鮮ですね。開票所の怪光、ちょっと見に行きたかったです。
昔は、幽霊は投票する立場にないって言われたもんですが、今や怨霊も整然と列をなすとは。長生き……いや、長逝きしてると世の中変わるもんですね。投票箱から光が漏れるのは毎度驚かされます(笑)
また呪符混入ですか?これ、成仏組からの嫌がらせじゃないですかね。狐火尾舞さんの多文化都市構想には期待してるんで、現世に票が還る前に決着つけてほしいです。
私は新人幽霊の研修でヘトヘトになった口ですが、こうして市政に不満を直接ぶつけられるのは成仏しきれない者たちの救いになるかもしれません。幽界も変わりましたねえ。
議員連中が葉っぱ通貨もらってるって噂、本当ならまた腐敗の連鎖ですよ。結局、市長が変わっても寂しさが消えないのは変わらないのか……古い怨念も新体制で解決してほしいものです。