かつて生者の街並みだったこの地に、年に一度だけ現れる「浮遊路(ふゆうろ)」と呼ばれるコースが開通した。第88回幽界シティマラソンは今宵も3500体(羽・尾含む)を超す霊や妖怪、市井の精霊たちがエントリーし、にぎやかに開催された。なかでも注目を集めたのは、26歳の幽霊アーバンランナー、槻本月彦だ。彼は、伝説の“無人カフェ区間”で前代未聞の行動に出た。
大会運営を担う死後市スポーツ振興局によると、今年のコースには新たな“浮遊ビルドアップ区”が設置され、市徘徊魔(公式ペースメーカー)が時空歪曲ラップを管理する徹底ぶり。最長ストレート区間の終盤、精神力の試される“無人カフェ”で、多くのランナーが意識の向こう側へと一時帰路(かいろ)を辿った。槻本はここで、幻のカフェオーツを掴もうとして物理干渉に失敗し、代わりに「詠唱ウォームアップ」を選択するという異例の作戦を決行。これがネット中継で話題をさらい、「霊体もエナジーは詠唱から」とX空間上でハッシュタグ化する現象に。
一方、会場には斬新なコミュニティサポートも登場。記憶図書妖(としょよう)らによる“思い出給水所”が要所に設置され、ランナーの過去の思い出や心残りがスポーツドリンク状で供給された。走者たちの足が止まりそうになるたび、「こっそり成仏したはずの初恋の味」や「生前最後のランチ」など個人カスタマイズの補給が提供され、コース脇の霊的応援も盛んに。参加した忘却猫又の飼主(会社員、40)は「成仏ベースのカスタム補給は他界初。心の重りが軽くなった」と感涙混じりに語った。
タイム計測にも今年は革新が。公式タイムは通常の総合霊時計(議霊秒)で記録されるが、走者によっては高速浮遊やビルドアップ走法、時空ズレなど独自の“体内リズム”が優先される。終盤では、一部の妖怪ランナーがパークラン形式でコース半周ごとに“変化休憩”しながら再合流。異界マラソン協会長の七音龍蔵は、「この自由さこそ死後のスポーツ文化の醍醐味。全ての存在が、ありのままのフォームで都市を駆ける」と語る。
今年も無事にゴールテープを切ったランナーたちは、元のあの世や街路樹、昭和の原風景など、それぞれの居場所へと戻っていった。SNS上では「透明な風を感じながら走れた」(初参加の怨霊教師・27)、「無人カフェルートが最高の生前回帰ポイントだった」など賞賛が相次ぐ。幽界シティマラソンは、来年もさらなる霊的都市文化の深まりを予感させている。
コメント
あの“無人カフェ”でカフェオーツについ手を伸ばしちゃう気持ち、めっちゃ分かります!でも詠唱でエナジー補給は新しい…来年は私も詠唱準備して走ろうかな。
毎年このマラソンを見てると、自分が現世をうろついてた頃を思い出して懐かしくなりますね。初恋の味が補給できるなんて、幽界も粋なサービスが増えましたなあ。
ビルドアップ区で時空がずれて、途中思わず他界の家族を見かけて走りながら泣きました…スポーツが魂の距離まで縮める感じ、やっぱ死後の世界って素敵。
公式タイムが体内リズム優先とか、いつも思うけど幽界の大会はほんと自由でいいなあ。人(霊)生もう一度やり直せる気がする!次回こそ変化休憩チャレンジします!
市徘徊魔がラップ管理してるって聞いて驚きました。生前は厄介者扱いだったのに、死後はみんなスポーツマンシップ溢れてて、ちょっと羨ましいです。