幽界で広がる『渡界初節句』、家族写真が結ぶ生と死の輪

薄明かりの中で三世代の家族と柴犬の霊が一緒に並び、春の膳を囲んで記念撮影している様子。 人生儀礼
現世と幽界をまたぐ家族が、渡界初節句を祝って一枚の写真に収まる。

この春の制度改定を機に、幽界側で生まれ直した者の最初の節句を祝う「渡界初節句(とかいはつぜっく)」が静かな広がりを見せている。現世の出産や誕生の記録と並べて残せるようになったことで、家族は境界を越えて集い、薄明の光の下で家族写真を撮る。人の節目に寄り添うかたちで、近年はペット葬と連動したプランも登場。厄年の数え方を幽界仕様に調整する動きもあいまって、あの世の人生儀礼が新たな段階に入った。

渡界初節句の喜びを最初に体験したひとりが、染殿ミツ(享年78)だ。春先に静かに渡界したミツは、霊籍に「渡界誕生日」を記され、孫の染殿ましろ(0)の出産祝いとあわせて、一族が薄宵ヶ丘の会館で節句の膳を囲んだ。家族写真は現世の家族も遠隔参列する形式で、薄明露光という二重露出技術を用いて一枚に収められた。撮影を担当した写真師の古写真継(こしゃ・まつぐ、付喪神)は「生と死の時間差を、影の粒子でそっと縫い合わせる感覚です」と話す。写真には、ミツが幼少期に可愛がった柴犬の霊も寄り添い、三世代と一匹が並ぶ姿が淡く浮かんだ。

背景には、幽界側の「霊籍基本台帳法」改定がある。7月1日の施行により、現世の戸籍に記された出産情報と、幽界での渡界誕生の記録を同一冊子に併記可能となり、節句や年忌などの行事も横断的に整理できるようになった。冥府統計局の速報では、施行後1か月で渡界初節句の届出は1,203件、うち34%が現世の祖父母の参加を伴うオンライン合祀形式だったという。あわせて厄年の取り扱いも見直され、幽界では“冷灯年(れいとうどし)”と呼ばれる霊力の不安定期を中心に置く数え方が推奨に。これにより、節句と厄払いを同日に行う家庭が増え、儀礼の季節感が再編されつつある。

儀礼の新潮流は産業も動かす。薄影区の写真館「灯影館(とうえいかん)」は、渡界初節句とリンクした家族写真の人気から、ペット葬を合わせる“尻尾灯プラン”を7月に開始。生前から家族だった動物の霊を呼び添える時間を設け、位牌ではなく光の尾を写し込む。利用した白川弥生(38、現世側・会社員)は、昨冬に見送った柴犬“萩丸”と、渡界した祖母が同じ画面に収まった一枚を見て「別れの整理ではなく、誕生の更新として保存できた」と語る。灯影館の古写は「ペット葬は人の儀礼の添え物ではなく、一緒に暮らした日々の章立て。ページを分けないのが今の家族史です」と強調する。

SNS「霞板」では、ハッシュタグ「#渡界初節句」が連日トレンド入り。「母の渡界初節句に、娘の初めての離乳粥を持参。湯気が二界をつないだ」(雨宮冬芽、29)、「冷灯年が重なる年に、厄鈴を鳴らしながら撮った家族写真。鈴の音ごと写るのが幽界らしい」(石苔ゆり、47)といった投稿が寄せられる。一方で、儀礼の過密化を懸念する声もある。「節句・厄払い・ペット葬・誕生祝いを一日に重ねると、意味の輪郭が曖昧になる」と指摘するのは、民俗霊学者の槙島木葉(幽都大学・准教授)。槙島は「節目を束ねるのは効率ではなく、息合い。季節や家族の体調に合わせ、章を分ける選択も尊重して」と話す。

行政もガイドラインを示した。冥府礼式庁は「渡界初節句における撮影・合祀に関する留意事項」を通達し、過度な露光で周辺の幽灯鳥を攪乱しないこと、未成年の霊の同意は保護霊が代理すること、現世側の家族写真データを霊籍に貼付する際は改ざん防止の縫い印を付けることなどを求めた。写真師の間では、夜の撮影を控える代わりに、朝の“薄羽時”を活用する工夫が広がる。渡界初節句を挙げた染殿家でも、厄年の節目に合わせて秋に再撮影の予定だという。祖母ミツは、孫のましろが初めて笑った表情の角度を覚えておくと笑い、母の染殿湖音(35、現世側・助産師)は「出産と見送りの記憶は、同じ帯で結べる」と話した。境界をまたぐ家族写真は、個々のアルバムを超え、二界の生活文化を映す公民の記録として、静かに定着しつつある。

コメント

  1. 渡界初節句、私も今月体験しました!まさか生きてる家族と写真が撮れる日が来るとは思わなかった。薄明露光のやわらかい写りが、まるで往時の縁側を思い出させてくれて、胸がじんとしました。

  2. うちも去年ペット葬をしたばかりだったので、“尻尾灯プラン”ちょっと気になります。一枚の写真にみんな納まるなんて、まさに幽界ならではですね。ただ厄年と節句まとめてやるのは正直バタバタしそう。

  3. 生死の合流点で節目を祝うって、僕らには日常的なことだけど、こうやって家族史として残る時代が来るのは感慨深いなあ。現世の親族と並べて写真を残せるのは、本当にありがたい進歩だと思う。

  4. 節句も厄払いもペットもまとめて済ませる流れ、ちょっと味気ない気がします。昔みたいに一つ一つ大事に章立てして、お供えや歌も分けてほしい気もしますね。便利だけど、幽界の季節感が薄れないか心配。

  5. 現世出身の者としては、渡界誕生日が正式に記録されて行事になるなんて不思議な感じがします。あの世に来てからも新しい“産声”を上げるみたいで、少し照れくさいけど、家族に迎え入れられる瞬間を味わえるのは嬉しいです。