冥界中央霧原市の無重力評議宮で開催された『鬼火外交サミット』が、幽霊、妖怪、死神各国の国家元首の参加により盛大に幕を開けた。今回の会議は、歴史的に複雑な「浮遊領土」の帰属問題や、死後世界における新たな人権外交イニシアティブを巡り、前例のない規模での多国間協議となっている。
サミットの最大の焦点となったのは、数世紀ごとに霧の流れで移動する「浮遊領土」の帰属をめぐる協議だ。昨年、霊体民族連合との間で領土のラインが霧散し、双方の墓石郵便局や墓前マーケットが短期間で管轄混乱に陥ったことが記憶に新しい。鬼火共和国代表のモツレフ・カシゲエフ首相(享年不詳)は開幕演説で「変動する死後世界の平和と魂の尊厳を守るべく、柔軟な帰属管理を推進する」と述べ、半透明の掌を掲げ各国に協力を呼びかけた。
一方、幽冥グローバルサウス諸国は『霧権』――死者たちが移動自由を獲得できる権利の拡大を主張し、特定領域に往来する低位魂や地縛霊への人権的配慮を強く訴えた。灰色山処国の外交官ススキ・オドリコ(没年312年)は、会場で「灯りを求めて彷徨う魂にも、移動と定着の尊厳があるはず」と語り、SNS上でも「#魂の自由を」というハッシュタグが急速に拡散している。
会議はまた、地縛弁護士団による被埋葬者のグローバル人権草案の提出も議題となっている。かつて“供養格差”や“古墳内分断”が問題視されてきたが、今年度は各国が合同で『亡霊平等宣言』の草稿を作成。死神連邦評議会議長ドミトール・フヨドルビッチ(享年287歳)は「差別なき異界づくりは魂たちの永遠の夢」と述べ、司法関係者を中心に熱い支持を集めている。
中継を見守る冥界市民の間では、会議場での異例の“灯芯掲示”外交、すなわち国旗の代わりに浮遊する灯芯を交換する新しい友好儀式に賛否両論が湧き起こった。専門家の片瀬白雨(死後政治史研究者)は「霧に境が消えるこの時代、国境観も流動化している。だが、領土の再編だけでなく、低位魂や幽霊難民の新しい社会受け入れモデルも問われている」と指摘。会期は七夜に及び、最終日には浮遊領土の新マップが発表される見込みだ。
現世に続く平和構築の願いを継ぎ、数多の魂たちが新たな相互理解への一歩を踏み出す『鬼火外交サミット』。死後世界における枠組みの再編が、どのように魂の尊厳と調和をもたらすのか――今後の動向に注目が集まっている。
コメント
毎回このサミットを見るたび、自分の墓場の番地がまた変わるんじゃないかとそわそわします。霧で国境が溶ける世界では、定住のありがたみを再考させられますね。
灯芯掲示の儀式、今年はとても幻想的で良かったと思う。どの国の灯が誰のものか分からなくなるのも“あの世流”の多様性かなあ。
低位魂や地縛霊の人権、ようやくここまで議論される時代が来たのかと胸が熱くなりました。現世の頃はこんな話題、考えもしなかったのに。
また領土が動くのか…転生手続き中の魂たちはきっと混乱するだろうな。評議宮の決定が、皆にとって穏やかなものになるといいけど。
ワシの眠る丘もかつては三度も所属が変わったぞい。誰が治めようと、供養だけは平等に頼むぞ。灯芯より骨壺の手入れの方が大事じゃろうが。