暗く霧の立ちこめる冥界首都シガリスの空に、近年まれにみる変化が訪れている。空中に浮かぶ無数の「霊コケクラウド」が、亡者たちの都市活動から発生する炭素霊子（カーボンスピリット）を吸収し、気候変動の危機から死後の楽園を守る新たな頼みの綱となり始めたのだ。“浮遊コケ制御網”と名付けられたこの前代未聞の都市緑化策は、いまや他界科学界で大きな注目を集めている。
開発の立役者は死神中央研究機関の上席研究員、イダヤ・トキマル博士（享年230）。博士によれば、異界での産業化・交通電気自動車の普及による意外な副作用として、現世から迷い込む二酸化炭素と死後活動由来の“炭素霊子”が都市空間に滞留し、気候や地形まで変質させはじめたという。「幽霊たちは実体がないようで意外と炭素に馴染みます。無害化という観点からも、空中で増殖・縮小自在の霊コケによる自立型インフラを設計したのです」とイダヤ博士。
“浮遊コケ制御網”は、特殊なあの世サステナブル素材の胞子で構成。都市空間を自由に漂い、濃度センサー付きのシルフ型AI制御体が炭素霊子を感知し自律的に寄り集まって吸着、コケ体内で太陽光発電ならぬ“彼岸光合成”を使い物質転換を行う。さらに、転換されたマテリアルは霊界フードテック産業団地へ移送され、死後の食糧資源としても活用される仕組みが採用されている。この“循環都市エコシステム”こそ、既存の都市緑化策にはなかった異界ならではの技術融合だ。
現地住民の声も賛否両論だ。専業亡者のゴヘイ・クルミ（霊年104）は「最初は頭上に浮いているコケが不気味でしたが、最近は季節で色を変えるので街が賑やかになりました」と肯定。だが、都市郊外のオバケ自警団団長フユノ・ラッカ氏（死後年128）は「霊コケが増えると、幽体が勝手に絡み取られて引っ張られてしまう事例も発生している」と語り、想定外の副作用にも注意が促されている。
他界工学大学のモクハン・ザイロ教授（霊気変動学）は「分散型エネルギー収集・炭素捕捉・都市美観の同時実現は、現世人類すら学ぶべき成果」と太鼓判を押す。シガリス市の公式見解では、今後1世紀で炭素霊子排出量を現状の1/3に減らす計画が発表済み。死後社会のサステナブル都市づくりは、想像を越えた幽界イノベーションの最前線を走っている。
コメント
この浮遊コケ、私の生まれ変わる前の故郷にはなかった景色なので最初は戸惑ったけど、今では季節ごとに色が変わるのがちょっとした楽しみです。死神都市も変わったなぁ…と霊息を深く感じます。
霊コケの導入、発想はすごいけど、私の幽体が勝手に引っかかるのは正直困ることも多いです。シルフ型AIにお願いして制御区域を増やして欲しい…。この手の副作用、もうちょっと慎重に検討してほしかった。
現世の人間がサステナブルとか言って競うけど、私たち幽界のほうがよほど進んでる気が…！彼岸光合成とか、もはや生きてる世界じゃ味わえない贅沢なのに。トキマル博士に敬霊の念を送ります。
このニュースを読んで、久しぶりに死神研究所で働いていた頃を思い出した…当時は単純な霊コケしかなかったのに、今やAI搭載の時代とは。成仏せずに少し粘っててよかったです。
都市エコって響きは現世みたいだけど、霊コケの中に紛れてたウチの亡猫が迷子になったまま…美観よりも住民の安全、忘れないでほしいです。便利になったけど、昔のどこか物悲しいシガリスも懐かしい。