かつては人間界でも珍しくなった湿地帯。幽都第二区では、幽霊や妖怪たちによるアーバンファーミングが近年活況を呈している。中でも『クロカワ沼地開発団』が手掛ける「食べられる土壌」プロジェクトが市民の注目を集めている。まるでパンのような柔らかさとほのかな甘い香りを持つこの特製土壌は、死後の世界の都市生活の新たなスタンダードとなりつつある。
クロカワ沼地開発団の代表、ザムリ・ミドリ(幽界農技師・享年62)は、昨春から都市部の狭小空間を活用し、厳選された幽界産砂・湿地由来ミネラル、そして妖怪糞由来オーガニック肥料のみで「食べられる土壌」の開発に取り組んできた。プロジェクト立ち上げの理由について、「死者も土に還る世界だからこそ、土壌を“共に享受するもの”として再定義したかった」と語る。土壌生物の精霊たちと有機物の共存関係を築き上げたことで、多層的な微生物ネットワークの活性化にもつながっているという。
開発団のチーフ妖怪・バサラコ(自称568歳)は、土壌再生のキーポイントが古代から伝わるバイオ炭製造法の応用にあったと説明する。「幽霊の冷気が炭化効率を大幅に向上させる。これで腐敗と甘さの絶妙なバランスが生まれ、人間の味覚で言うなら“ショートブレッドに近い”食感になる」とのことだ。現在、湿地全体を“養土供給区”として開放し、希望する住民は1区画ずつ土壌を味見・利用できるようになった。
SNS上でも大きな反響が広がっている。精霊学生のアカウント『hakkai_moss』は「クロカワの土壌ピクニック、友だちと楽しんだ。地下水がほんのりムスク香で、後味クリーミィ」と投稿。また死後初の野菜栽培に挑戦したばかりの主婦幽霊・オウラギ リカ(永遠の29歳)は、「この土で育てた軟体かぶ、魂ごと優しく包まれるおいしさ」と自身のアーマノイド畑の写真を添えて喜びを伝えている。
一方で、遺恨深い魂や毒気を帯びた妖怪の流入による土壌汚染リスクも指摘されている。幽界地下水生態研究所のゾウコツ・テル夫博士は、「早急に品質検査と異界バイオセキュリティ基準の導入を」と警鐘を鳴らすが、ミドリ氏は「異質なものも受け入れ調和する仕組みこそ、湿地の真髄」と自信をみせる。「いつかこの土壌で、現世と幽界のピクニックが開かれる日が来るはず。」クロカワ沼地発、死後世界の“共食”カルチャーが新たな幕を開けている。


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