半透明の手で冷気の扉をそっと開けると、静かに浮かぶ食材たちが軽やかに踊る――そんな幽界の日常が、いま大きく変わりつつある。幽世(かくりよ)家庭向けのスマートホーム機器開発が進化を遂げ、“生ける冷蔵庫”こと「精霊式スマート冷蔵庫」が各家庭へと普及し始めている。同居する食霊や妖怪たちばかりか、在宅ワークを営む高齢幽霊世帯にまで波及するその影響に、異界住民からは驚きと興味の声が上がっている。
各家庭で話題となっているのは、アザナミ技研が今春リリースした『オラクル・アイスボックスⅡ型』だ。この冷蔵庫は搭載された食霊AIが中身のリスト管理を担当し、声による操作が可能。『温度を0.5度下げて』と語りかけるだけで霊的冷気調整ユニットが作動し、食材(主に供物や霊草、マボロシ果実など)の鮮度を最長66年維持するという。また、電力消費を極限まで抑え、室内の霊力や使われていない家電から“余剰霊気”を自動回収。この特殊なエネルギー管理機構は、死後の世界特有の低エネルギー社会にも画期的な変化をもたらしている。
開発主幹の氷室骨丸(ひむろ こつまる、精霊家電設計士・203歳)はこう語る。「現代幽界はWi-Fi環境やホームゲートウェイの整備が揃い始め、住民の暮らしが豊かになりました。問題はエネルギー資源の乏しさと家電の非効率性。そこで我々は“居住霊”自らの気力を部分的に還元する技術によって、生活の質を損なうことなく電力消費を約7割カットすることに成功しました」
一方、住宅街の実情はどうだろう。半透明の自営業者・奥波信子(在宅ワーク幽霊、享年52)は新型冷蔵庫を導入して数週間。「以前は食霊が期限切れを告げてくれるたび大喧嘩だったんです。しかし今は、冷蔵庫がAIで推奨献立まで教えてくれる。しかも浮遊型Wi-Fi対応で、台所にいなくても通話中の友人からリアルタイムで材料共有の通知が飛ぶ。それぞれの家がまるで“小さな異界ネットワーク”に繋がった感覚です」。SNSには「今日のオススメ供物、ピカピカで霊格アップ」「お彼岸前は冷蔵庫AIから“在庫寂しさ”警告メッセージが届いて嬉しい」といった投稿も広がる。
しかし急速な普及の裏では、伝統主義の妖怪住民から『生ける蔵の霊格低下』『家主の気力枯渇による夜鳴き増加』など懸念も聞かれる。歴史民俗研究家の明坂冥二郎(霊史学者・451歳)は、「新技術は死後社会の生活様式を刷新する一方、“家霊”と人との信頼関係が希薄になりかねません」と指摘。そのうえで、「幽界が持つ相互扶助の精神を家電にも活かしつつ、住民それぞれが“使い方”を再発明する柔軟さが重要だ」と付け加えた。
現世より静かな進化の波が、霊的家庭にも着実に広がっている。魔法のような冷蔵庫とともに、幽界の住まい方が、次なる時代へ歩み始めている。



コメント
昔は供物の保存に毎日気を使っていたのに、今や冷蔵庫が食霊たちと話し合いまでして献立を提案してくれるなんて!あの世も便利になったものですね。ただ、ちょっと寂しくもあります…昔の手作業も悪くなかったなあ。
AI冷蔵庫、うちでも導入しました!余剰霊気の回収は助かってますが、最近家主の気力が減ったのか夜中に冷蔵庫が『エネルギー不足で小唄を歌う』って…ちょっと騒がしいです(笑)
伝統派としては生ける蔵の霊格低下、気になります。やはり昔ながらの保存妖術のほうが、家と住人の結びつきを強める気がします。まあ、新しい時代の流れも止められませんが…
幽界ネットワークで友人たちとレシピを共有できるのはありがたい!でも、誤って現世の野菜炒めデータが混ざってきて、供物の霊草が炒めすぎになることがあるので注意が必要です。
66年も鮮度維持なんて、転生して戻ってきてもまだ供物がそのままなのはありがたいやら怖いやら…。でも霊力消費が減るなら、子孫たちの夢枕訪問にももう少し力を残せそうです。