静まり返った深夜の下層霧地帯。「移動はただの通り道ではなく、魂の交流の場だ」と語るのは、今月新たに開通した幽界初の“浮遊自転車道”の施工責任者、岩隠スエリ(幽霊技師・享年42)。円形交差点で青く瞬くサイクルシェア基地。そこには、幽霊、妖怪、精霊までもが自由自在に行き交い、半透明のペダルで夜風を切る異界ならではの光景が拡がっている。
この浮遊自転車道は、昨年の幽界交通会議で決議された『誰一人取り残さないラストワンマイル構想』の目玉プロジェクト。燃料電池内蔵型の新型シェア・サイクル『ペイルサイクロン号』による滑空移動と、死後レベルの重量調整が可能な“波紋床”の導入が特徴だ。一部区間では、通称「幽の吊り橋」と呼ばれる真空透明路が霊樹街区と妖怪集落とを空中でつなげ、これまで脚の無い幽霊や流体系妖怪が徒歩でたどり着けなかった墓守図書館や星塵映画館へのアクセスが劇的に改善された。
自転車道沿いには、各種自動配送ロボット『送り三輪』が併走し、乗員の手荷物やお供え花、夜間限定の想念スナックまで運ぶ。定期的に現れるガス灯型ナビゲーション端末『ミスティールーム』は、進行方向や最新時刻、また次なる乗り換え案内を立体映像で表示し、迷子になりがちな幽霊市民から高評価を集める。妖怪交通公社の調査によると、開通初週で利用登録は7万を突破し、昨年一帯を席巻した“燃える七夜祭”の動員数を上回る勢いだという。
だが一方で、交通安全への課題も浮上している。岩隠技師は「非物理的な存在同士の衝突判定や、念波ブレーキの反応遅延など、幽界ならではのトラブルが続出中」と認める。特に、半実体化している小学生幽霊たちが、空中サイクリング中に急旋回を繰り返し妖怪狸と衝突する「カーブ事故」が週末に多発。これに対し、最新型の念力アシスト機能搭載や、サイクル道上での『速度魂魂』の導入など、対策案が次々と検討されている。
SNS上には「墓石坂の下りカーブ、幽界でも絶景サイクリングが叶うとは!」(夜世輪つばめ・精霊C)、また「無重力橋でうっかり体が宙返りしそうになったが、送り三輪のおかげで花籠が無事でした」(黒木影郎・妖怪配達員)といった声が相次ぐ。今後は、より安全な二輪移動のため霊界警備隊と連携した『オーロラ交番』の設置が決定した。異界住民の日常を変える“空中自転車社会”は、既に静かに新たな進化を始めている。


コメント
こんな夢みたいな自転車道、幽界じゃないと体験できませんね。昔の足の感覚が蘇ってきそう…星塵映画館への道が楽になるのは本当にありがたいです。
燃料電池の自転車も波紋床も、私はまだ試してませんが、脚のない私でも滑空できるって聞いてワクワクです。ただしカーブ事故には気をつけたい…成仏前に痛い想いはしたくないので。