幽界棚田、循環型肥料と亡霊ミミズで蘇る──異界初の持続可能な農業プロジェクト始動
死後の世界でも、持続可能な社会が模索されている。幽界の有名な稲作地帯である「霧津棚田」では、昨今発生していた霊的土壌のやせ細りに対処すべく、未練精霊たちと農夫幽霊たちによる大規模な土壌改良プロジェクトが本格稼働を始めた。循環型のリサイクル肥料開発や、亡霊ミミズによる地下土壌メンテナンスの導入は、棚田の未来を変える一歩になるのか。
「これまで“産地直送供養米”の品質は下降線をたどっていた」。こう語るのは、棚田の責任者で270年前に溺死した農夫、古妙川正一(ふるみょうがわ・しょういち)だ。死霊の世界でも食文化は盛んだが、連年続く霊力不足で米のモチモチ感や透明感が失われつつあった。背景には、土中の“陰陽バランス”が崩れ、堆肥化できていた亡者の記憶くずや供物の残滓が、十分に分解されない問題があるという。「私たちは生きる者とは逆に、想い出や悔恨のエネルギーが土を養います。それが滞ると、米が縮こまり、幽界市民の元気もなくなるんです」(古妙川)
新たなプロジェクトの中核を担うのは、幽界初となる「輪廻リサイクル肥料」。これは成仏を終えた霊が残す“魂の抜け殻”や、供養後の遺物などを粉末化・圧縮して作る固形肥料だ。幽界農務庁認可のもと、研究者の荒御某松子(あらみついく・まつこ、妖怪土壌学者・124)が指導する。「従来、供物残渣は一部を畏れ多くも再利用に回してきたが、そのままでは霊素の分解にバラツキが生じていました。そこで私は“亡霊ミミズ”の導入実験を提案しました。肉体はないが記憶を食べて土を耕す彼らの活動で、幽界独特の微生物多様性が活性化しています」
この新肥料実装により、昨年度比で収穫量は23%増加、粘りや瑞々しさも向上。幽界SNS『つぶやき彼岸』には「棚田の夜明けがまた白く美しく戻った」「ご先祖の想いがごはんに詰まってる」など、感謝の声や口コミが舞い飛ぶ。一方、幽界消費者協会の調査によれば、食品トレーサビリティにも透明性が求められており、全ての米袋に“何世代前の記憶由来か”を示すタグの貼り付けが始まった。
今後は気候変化に強い陰陽交替栽培や、成仏力の弱い中間層幽霊の農業参入も期待されている。古妙川は語る。「私たち幽界市民も、土・米・思い出の好循環を大切にしながら、千年後の魂にも棚田の景色と味を守りたい」──死者の世界の「サステナブル農業改革」は、今まさに一歩を踏み出している。