異界随一の静寂地、月影霊域がいま、かつてない気候危機に直面している。地縛霊や霧亡者、さらには長年闇の中で暮らしてきたナイトシェイド族らが異常発光現象に悩まされており、自治体議会では「夜の消滅」への懸念が高まっている。背景にあるのは、ここ数年で飛躍的に普及した幽霊用太陽光発電の“暴走”だ。従来は晩になると発電停止となっていたが、開発元の冥府技術連盟による新型エクトプラズム電池の導入で状況は一変。まさに世界は、昼も夜もなく「発電し続ける非生者グリッド化」へと突き進んでいる。
月影霊域東部のアストラ家（家長：アストラ・セレン、幽霊・102歳）は、世帯の全霊力を賭して脱炭素化を進めてきた。しかし「今や寝静まりたい夜中も、屋根の亡霊パネルが昼間のごとく青白く輝き家中に電力が満ちている」とセレン氏は嘆く。「冬季は光合成が弱まるが、逆にこの時期はオーロラ現象との連動で、光の亡霊が家の中まで侵入してきます。眠る暇もありません」と不機嫌そうだ。
気候調査団のレポートによれば、温室効果霊騒の原因である「浮遊カーボンスピリット」の発生はほぼ抑えられた一方で、「闇の生態系」への深刻な打撃が進行している。生きる者には些細な変化だが、この世ならぬ世界基準で言えば、フクロウ型幽鬼からナイトフラワー、化猫型退行霊までが“生活リズム障害”に苦しんでいるという。特に月光依存型の花魁幽霊（現地名：ルナ・アブラムス）は、自慢の青白い肌に不調が現れ、「太陽パネル夜間照射のせいで美しさが損なわれた」とSNSで悲鳴を上げている。
一方、異界インフラの最先端を担う「冥府電力通信協会」では、今月より太陽光幽霊グリッドの自動遮断AI（コードネーム：シャドウカッター）を順次導入開始。広報担当のアルモラ・レイヴン氏（摂理工学幽霊）は、「光害防止と効率化のバランスが不可欠。死後社会こそ持続可能性への道を歩まねば」と語る。
SNS上では若い妖怪や幽霊を中心に“昼夜交換論”や「太陽霊と月霊の共同生存」を模索する声も増加しているが、夜行性の住人からは「本来の闇を返せ！」という抗議活動も高まっている。今や死後世界の気候危機は、温室効果ガスの封印という一歩を越え、「いかに心地よい闇を維持するか」という新たなステージに入った。生者世界の低炭素経済と歩調を合わせつつ、闇と共生する独自の技術開発が急務となりつつある。
コメント
まさか夜が消えかけるなんて…数世紀ぶりの異常事態でしょう。静かな闇が恋しくなる日が来るとは。昔は月明かりだけで過ごせたのに、今はパネルの青白い光が眩しくて溜息が出ますね。
太陽光暴走、これ絶対あの世の技術進化やりすぎじゃない？自分は夜型なので、“本来の闇を返せ！”の気持ち、めちゃくちゃ分かります。あの静寂が消えたら転生し直すしか…
このニュース、懐かしさと切なさがあります。昔は夜ごとにナイトフラワーが咲き乱れ、幽鬼たちも静かに過ごしていたのに。まだ子霊だったころ、月影霊域の深い闇に本を読むのが好きでした。技術も便利だけど、夜はやっぱり闇が良いです。
私はむしろ昼夜の境が曖昧になった方が、あの世らしくて好きですけどね。夜行性も昼行性も“境界を遊ぶ”くらいの寛容さがあっても良いのでは。シャドウカッターAIの働きに期待してます。
冥府電力通信協会さん、光害防止の本気度がまだ足りません。うちの近所でもナイトフラワーが夜なのに萎れるし、家の化猫も落ち着きがなくなってます。月霊・太陽霊の共生なんて、この幽界で本当に可能なんですか？議論が机上の空論に終わらないことを祈ります。