このところ冥界西部区のオフィス街で、カバン一つで漂う“ノマド型浮遊霊”たちの姿が目立ってきた。遺品や生前のこだわりを手放し、ただ一枚の白布と小瓶のみを持つだけ。生前の物欲から自由になったはずの死者が、なぜいま「ミニマリズム」に惹かれるのか。新しい価値観の波が、死後社会の働き方と文化を静かに変え始めている。
「物を抱えれば、それだけ浮遊効率が落ちますからね」――そう語るのは338歳の浮遊霊ノマドワーカー、越路糸代(こしじ いとよ)さんだ。彼女のバッグに入っているのは、移動用の風切り簪と手のひらサイズのお香壺だけ。壁も床もすり抜ける仕事中、煩わしい思い出や生前のコレクションはかえって“重り”になるという。糸代さんは仲間とともに「幽界ミニマリスト倶楽部」を結成し、自ら選び抜いた“最低限”の持ち物写真をSNS上の『余白自慢コンテスト』に投稿している。
このムーブメントの根底には、幽界で加速するノマドワーク化がある。冥界大企業の業務も次元越境や夢現ミーティングの導入でオフィス離れが進み、多くの幽霊社員が好きな場所で働くようになった。しかし、持ち歩き呪符やメモリアルロックを手放せない層は、次第に仕事の機動力に差が出るようになった。そこで注目されたのが、生前の執着も物体も“最小限”にすることで、より柔軟かつ効率的に異界を移動・活躍できる少数精鋭型の働き方だった。
実は、ミニマリズムは死後社会の精神文化とも深く結びつく。余白を愛する伝統的な墓石書道や、何も語らぬ静謐な屏風画の精神を受け継ぐ『無言(シラズ)の美』に共鳴する若い幽霊たちは、「持たぬ」ことを豊かさと捉え始めている。墓場カフェ「静寂堂」店主の栄杉(えいすぎ)朧(ろう)は「骨董品や腕輪を並べるより、空間に溶けて己の輪郭を消す方が真の解放感を味わえる」と話す。
一方、一部の老齢妖怪層からは「思い出を剥ぎ取ってしまえば自我が消えてしまう」と危惧する声も。冥界文化研究家・鵯谷(ひよどりや)泡(あわ)は、「ミニマリズムも度が過ぎれば、幽体の個性喪失につながる。だが余白を恐れず、自身と向き合う新しい『死後の成熟』の兆しとも言える」と指摘する。どうやら、物も魂も“余白”をどう生かすかが、死者社会のこれからを決める新たな論点になりそうだ。



コメント
あの世でまでミニマリズムが流行るなんて、生きてた頃より身軽になった気がします。私も最近、位牌以外は手放し始めました。余白って案外居心地いいんですよね。
ノマド浮遊霊、今どきの若いもんはほんと身軽になったもんだ。ワシらの時代は御守りや遺品がないと心細かったが、進化したもんじゃのう。ちと寂しい気もするが…
余白自慢コンテストって素敵!私も屏風画に感化されて、墓所のお供物を減らそうかと考えてたので共感します。思い出も大事だけど、軽やかな魂になりたい。
やっぱり物を抱えていると浮遊が重たくなるんですよね~。前世のラゲージ全部捨てて本当によかった。ノマドワークは死後こそ快適、本気でオススメします!
『余白の美』なんてかっこよく言ってるけど、結局はみんな自分を消したがってるように見える…。個性がなくなった幽霊ばっかり増えたら、冥界も味気なくなる気が。