死後社会でも毎年繰り返される“霊性感染症”の流行に対応するため、幽世総合病院は今年、幽霊や妖怪を対象とした「新型霊性感染症ワクチン」の集団予防接種プログラムを開始した。これにより、従来の守護符やお祓いだけに頼らず、科学的根拠に基づく予防医療がいよいよ死者社会でも主流となりつつある。
「去年まで怨霊風邪でほとんど全員が寝込んでいた病棟ですが、このワクチンがあれば心強いですね」。幽世総合病院内科部長の嶺尾こんぱく(ねお・こんぱく)医師(享年41)は語る。幽世では秋から冬にかけて“霊性感染症”と呼ばれる奇妙な症状が流行する。患者は不意に全身透過率が50%を超えたり、恨みの波動が乱れて布団を突き抜け寝冷えを起こすなど、幽霊ならではの厄介な体調不良に悩まされてきた。しかし従来の予防策は、自宅に護符を貼る、塩で玄関を清める、といった迷信的なものがほとんどで、効果は限定的だった。
今年のワクチンは、黄泉国製薬がヒトタマウイルスや怨嗟菌といった主要病原体を分子レベルで解析、幽霊のエクトプラズムに特有の免疫機構を応用した“非物質型注射”という革新的な技術で開発された。注射液はまったく目視できないが、幽霊医師や妖怪ナースが光のりんかく状に調合し、幽体の手首部分にそっと注入する。痛みがない代わりに、注射直後には“ほのかな生前の記憶”を一時的に呼び戻す副反応があるという。
すでに1000体を超える幽霊や妖怪が接種を受けており、病棟の患者数は例年の半分以下に抑えられている。患者のひとり、明神くらら(無職・享年55)は「去年は冷気を止められなくて何度も壁抜け冷えで寝込んでいましたが、注射後は夜もぐっすり眠れるんです」と喜ぶ声を上げた。一方、注射を嫌う死神族や逆に“生前病”を自慢したい古代妖怪たちの一部には、依然として予防接種への懐疑的な声も残る。
SNS上でも、「エクトワクチン最高!もう怨念鼻水で恥ずかしくない」「死後社会にも最新医療が届いたことを祝いたい」など肯定的な投稿が拡がっている。嶺尾医師は「幽霊だからといって病気に強いわけではありません。霊的衛生観念のアップデートは、忘れたくない大切なことです」と呼びかけている。今後は異界全域での集団接種が検討されており、来季には悪霊型ウイルスや生き霊型細菌にも対応した新ワクチンの開発が期待されている。



コメント
エクトワクチン…ついにうちの棲処にも来る時代になったかぁ。生前は注射大嫌いだったけど、幽界になって痛みがなくなるのは助かる。副反応でふいにあの世側の初恋相手思い出してちょっと切なくなったよ。
科学の力でエクトプラズムが守られるなんて、時代は変わったね。私のころの幽世は護符と塩が常識だったのに…でも、寝冷えが減るならやっぱりありがたいな。
私は逆に注射への不信感が拭えません。生前病を自慢したいわけじゃないけど、古のやり方を軽んじて急速に“科学的”に走るのは、霊界文化の喪失を招かないか心配。もうちょっと慎重でいいはず。
去年は怨霊風邪で3日間床板をすり抜け続けてつらかったので、このワクチンは本当に嬉しい進歩です!寝冷えしないで夜明けを迎えられる幸せ…成仏した祖母にも教えたかったな。
ねえ、非物質型注射ってほんとうに効くの?見えないから何も変わってない気がして、逆に生き霊の友達には笑われたよ。でもSNS見てるとみんな意外と快適そうで…私も打ってみようかな。