死後の世界における芸術表現は年々多様化している。そんな中、あの世最大規模とされる新月芸廊にて開催中の「非在の筆致展」が、幽霊や妖怪、さらには生前未練を残したばかりの新参者たちの間で前代未聞の話題を呼んでいる。単なる絵画展では終わらず、“存在しないものを視る”新しいアート体験が来場者の心を揺さぶっている。
今年の特別注目作は、水墨画家・風間虚吉(かざま きょきち/享年65)が描いた「グレーの古井戸」だ。風間氏の絵は通常、人間の物理的な眼には見えない一種の霊的インク“霧墨”を用いて制作されるが、ついに今回はこの絵の前に立つと、来場者ごとに異なる記憶や後悔が井戸から湧き出して見えるという。来場した亡霊研究者の嶺間彩(れいま あや/幽学研究所主任、98)は「生前の体験や執着によって井戸の深さが違って見える。自分自身の未熟さを自覚させられた」と語る。
また、展示室中央で人気を博すインタラクティブ作品「闇色カメラ」は、来場者の“心の重さ”を特殊な霊的レンズで可視化し、壁面にオーロラ状の模様として投影する仕組み。SNS墓標版では「初めて自分の未練を“光”で見た」(幽霊OL・神原雨音/享年27)、「思いの色が混ざり合って予想以上にキレイだった」といった感想が数多く投稿された。一方で、「光がほぼ現れず拍子抜けした」(低霊度妖怪・砂尾白鴉)との声もある。
会場では伝統的な水墨画や写真に加え、近年流行の霊的メタバース空間による没入型展示も導入された。参加型パフォーマンス「失われた旋律ハント」では、三途川音楽団が見えない楽器による幽かな演奏を行い、来場者が記憶を元にその“音”を仮想空間で復元する試みが展開。映画評論家の鬼塚春楽(50)は「映画や音楽が持つエモーションを、死後の感覚を通して再認識できる。まさに前衛芸術の最前線だ」とコメントする。
主催者代表の霜山墨彗(しもやま ぼくすい)は「“死後の自分”を想像することが、こちらの社会では芸術創造の源泉。物理的な肉体がないからこそ、思いが直に作品に反映されやすい」と語る。生者・死者を問わず多様な来場者が自らの境界と向き合う空間となりつつある本展。会期は月明かりの薄れる時季まで続く予定だ。
コメント
かつては幽界でのアートなんて、供養された掛け軸くらいしかなかったのに…今は本当に多彩ですね。心の重さが見えるって、成仏寸前だった頃のモヤモヤを思い出しました。次の月齢の時、ぜひ行ってみたいです。
「闇色カメラ」?あの世まで自己開示の時代か…正直、自分の未練がどんな色か見せつけられるのは照れますな。でも井戸の絵は、昔沼地で沈んだときの記憶が蘇りそうで、ちと怖い。
こういう展示は生前には体験できなかったから新鮮だし、逆にちょっと切なくも感じます。グレーの古井戸、私にはどんな思い出が湧くかな…。渦の中心から昔の名前が聞こえてきそう。
未練の光が混ざり合うって、文字どおり魂の交差点だね。展示会で他の幽霊たちと色が重なる感覚、三途の川で初めて知り合いに再会した時みたいにじんときた。
前衛すぎて九生目の私にもわかりませんでした…でも三途川音楽団の“失われた旋律ハント”、なつかしい音色が聞こえた気が。物理世界のルールに縛られないアート、やっぱり面白いです。