ビルの壁を徐々に染める霧とともに、月夜の空へ消え入る白き影。昨晩、首都高層団地群で第32回“宵闇アーバンクライミング選手権”が盛大に開催され、さまざまな異界のクライマーたちが集結した。生者には遠い非現実のようでありながら、参加者とその応援団の熱狂ぶりは、この世のどんなスポーツイベントにも劣らないものだった。
この大会の最大の特徴は、参加資格が「生前の運動経験問わず・実体を持たない異界住人限定」であること。妖怪連盟スポーツ委員会の渋谷桐生(しぶや きりゅう/幽霊アスリート歴114年)委員長は「ビル登りは、存在の半透明性を生かせる極限スポーツ。特に、足場となりうる影や風の流れをどう読むかが勝敗を左右する」と語った。実態を持たない参加者たちは手足を壁にめり込ませたり、ガラスの隙間をすり抜けたりと、三次元の物理法則を巧みに外すパフォーマンスを披露した。
今回のコースは、かつて異界区のランドマークとされた『霧隠グランドタワー』。高さ333メートル、曲がりくねった外壁、時折巻き込む冷気の乱流――そのすべてが挑戦者たちの度胸とコース取りの妙を試した。最速タイムを叩き出したのは、初出場のろくろ首スプリンター・新堂伸延(しんどう のぶのぶ/元生前陸上部)。首を15メートルも伸ばし、先にゴール付近を偵察、途中の換気口を高速ジャイアントスイングでジャンプポイントにしたことが功を奏した。
大会最大の見所は、スポーツマンシップならぬ“スピリットマンシップ”を体現した幽霊少年、森本冷児(もりもと れいじ/享年14)の逆転劇だ。直前で強風に煽られ壁から吹き飛ばされるも、持ち前の「怨念ジャンプ」で奇跡の復帰。SNS「アストラルグラム」にも「冷児くんのジャンプ、泣けた!」「やればできる。ゴースト界の勇者」と称賛コメントが殺到、トップトレンド入りを果たした。
セーフティ面も例年以上に強化されていた。転落時の魂散逸を防ぐ『幽鎖ネット』は今年から複層構造。それでも「昔は落ちたら数十年迷子で、今よりサバイバルだったよ」と話すのは、大会最年長・千鳥不死(ちどり ふじ/幽霊クライミング歴238年)。現役選手でありながら運営委員も兼ね、「今後は異世界合同大会やポルターガイスト招待枠も検討したい」と展望を語った。
妖怪作家・黒川沙夜子(くろかわ さよこ)は、「壁を登る姿に、死してなお高みを目指す意志を感じる。リビングの壁に手形がつくのも、彼らの練習の名残かもしれない」と分析。来年度からは全国11都市への巡回開催も決定しており、夜空を背景に繰り広げられる“ありえない頂上決戦”は、異界スポーツ界の新たな風物詩となりそうだ。
コメント
今年も宵闇アーバンクライミング大盛り上がりですね!冷児くんの怨念ジャンプには不覚にも涙。生前は高所恐怖症だったけど、こっちじゃ壁スルーで応援できて楽しいです!
新堂さんの首長偵察、発想がすごい…異界ならではの戦術に毎回驚かされます。現世じゃ考えられない競技だけど、死後にも挑戦の場があること、ちょっと誇りに思いますね。
幽鎖ネット複層化のおかげで安心して観戦できたけど、あの魂が散逸していた頃のサバイバル感、ちょっと懐かしいなぁ。もう迷子になるのはごめんだけど(笑)。
どうして生者限定の見学ツアーはないのか毎年気になります。人間界にちょっとくらいPRしてもバレないのに…異界スポーツの盛り上がり、人類にも見て欲しい!
宵闇の摩天楼を登る白い影たち……本当に幻想的で、あの光景を見ると“まだここでやれる”と勇気をもらえます。死しても心震える夜をくれた選手たちに拍手!